飴玉と炭酸の瓶詰め

短編を中心にときどき長編

本に書かれた???の物語

外の音で目が覚める。
カーテンを開けて窓の外を確認する。


今日も雨。


雨粒が屋根を打つ音。
風が雨粒を壁に叩きつける音。
屋根や壁から滴った雨粒が窓際に落ちる音。
全部いつもの音。


布団から出て着替える。
玄関で靴を履いてコートを着て傘を持って外出をする。
傘を開いて玄関から離れると傘に当たる雨粒の音に支配される。
下半身が多少濡れてくるが気にせず歩く。
あの場所へ雨粒の跳ねる音に支配されながら溜まってる水の上を歩き続ける。


目的地に近づくと植物が増えていく。
地面は土が増えて水の上を歩くことはなくなった。
抜かるんだ土が靴や裾につくが気にしない。
相変わらずの傘に当たる雨音と枝や葉に当たる雨音に支配される。


もう少し進むと地面は土や砂利のみになる。
道らしい道の両隣には芝生や申し訳程度の花がある。
雨粒で下を向いている白い植物の横にある獣道を進んでいく。
木から滴り落ちる大き目の雨粒が時折音を立てる。
コートに濡れた草が当たるが進む。


どのくらい進んだかわからない。
時計は持ってこないようにしている。
しばらくすると少し開けた場所に出る。
太陽は出ていないが晴れていれば日がよく当たるであろう。
その中でも影にならず今は雨が当たり続ける場所に石が立ててある。


ある場所とはその石が立てられている場所。
ただの長方形に削られた石が立てられている。
人一人訪れない場所に立てられた不格好な墓石。
自分しか知らず自分しか訪れない。


墓石の近くにしゃがみ誰に語るでもなく話始める。
最近の世の中の事。
近頃読んだ本に書いてあった知識の事。
流行の事。
故郷についての軽い情報。
最近の天気の事。
天気のせいで育てていた植物が枯れかけている事。
その天気が自分のせいである事。


いつの間にか地面に座っていた。
土に染み込んだ水がコートとズボンを湿らす。
冷たいが気にするほどではなかった。
そのまま座り滴が落ちる音に暫し支配される。
語ることもなくただ墓石を見つめるだけ。


時間が経ってそろそろ夕方ぐらいだろうか。
コートの内側にしまってあった一冊の本を取り出す。
真っ白い生地に時折輝く七色の光を放つ不思議な本。
傘から落ちる滴が本に当たっても滲まず跳ね返す。
表紙を開きページをめくる。


一人の人生が淡々と書かれた物語。
普通の学生が
普通じゃない魔法使いに会い
普通ではない生活を送る物語。
そして
そのせいで命を落とし
若くして人生を終える。
あまりにも多い空白のページ。
魔法使いに会わなければどれだけ埋まっただろう。


本を閉じて墓石の前に置く。
自分の胸に手を当てて光を取り出す。
取り出した色は
薄くて儚い桃色の光。
その光は自分の楽しい心。
これがあるからただ悲しくなる。
儚い色の気持ちはその場で燃やす。
青い炎に包まれた気持ちは涙のように崩れていく。
涙が流れてくる。
いずれこの涙も枯れる事だろう。


霧雨が降る街を歩きとある図書館に向かう。
図書館の裏に回り扉を開く。
人の気配がしない本棚の間の階段を下りていく。
長い長い階段を下りると本で溢れかえっている場所につく。
高い天井まで敷き詰められた本棚に本がぎっしりと詰まっている。
入りきらない本が床に散らばり誇りを被っている。


足元の近くに置いてある本を拾い上げる。
小声て呟くと本が光を放ち消えたころには違う表紙になっていた。
汚れた薄い深緑色の表紙。
ページをめくれども白紙ばかりの本。


床の本を避けながら中央に向かう。
中心につくとその場に座り近場の本を読み漁り始める。
読んだ本は積んでいき身長ほどの高さになればまた別に積む。
眠くなったら眠り起きればまた読み始める。


そんな日々を繰り返しているうち
外の雨はやみ
昼間は太陽が顔をだし
夜になれば月と星が輝いていた。


外に出なくなった者には知るはずはないけども。


墓石の主は知っていた
学生である自分が
魔法使いである彼にあったのは
正しくもあり間違いであったのを

死んで後悔はしていなかった
非日常的な彼と話すのは楽しかった
会うのが楽しみで仕方なかった

だから死んでなお彼から離れられなかった
見えないのだろうけど
今までずっとそばで見てきた

彼が悲しみで雨がやまないのを
悲しくもあり嬉しくもあった

忘れられたときは悲しかった
もう自分のことは覚えていないのだろう

ここに引きこもってしまい
外に出て他人と話す機会を自ら奪った
肉体がない自分が恨めしい

(誰でもいい  だれか
   ここのバカな魔法使いさんを見つけて
        空っぽな心を七色の液体で満たして
  外で素敵なものをいっぱい見て
大事なものを作って   色々話して
     もう忘れることを忘れるぐらい)

        幸せを教えてあげて

記憶の忘却

  過去は必要ない           嫌だ…ッ

        記憶は邪魔なだけだ 

                       もう忘れたくないんだッ!!       

 

                        ×××

 

これは突然起こった物語。

物語はそこに住む魔術師のライブと迷い込んだ人間のユズしか知らないことだ。

今となってはもう誰として知る者はいないだろう。

 

                        ×××

 

ある日、いつものように暇潰しに来ていたユズにライブは告げた。

「お前は何も見ていないし、何も知らない」

『記憶を消す』魔術をかけた右手をユズにかざし、続けた。

「ここには何も無かった」

術の発動と同時にライブの右手首を拒むようにユズは掴んだ。

「…はっ……はぁっ………」

しかしそれも無駄な抵抗、記憶の消去が始まっているユズは呼吸を乱す。

そんな姿をライブは掴まれた腕を振り払わず光の無い眼で見降ろす。

「な……に…」

今にも消えそうな声を絞り出し、息を整えるとユズはライブを睨んだ。

「……やってんだ馬鹿野郎!!!!」

出る限りの声を出し怒鳴った。

表情を変えないライブを見たユズの怒りは静まる気配を見せない。

光の無い目を真っ直ぐ見つめ、言う。

「なん…だよ……その、目ッ…」

額に汗を浮かべ、苦しそうな表情を浮かべ息をさらに乱す。

「死ん、だ…魚……だって、そんな目しない…ッ」

「……お前にはわかるまい」

ユズの発言にライブは感情の無い声を出し、自分に言い聞かせるように言う。

「…いや、わからなくてよい……俺の問題だからな」

しかし、その言葉はユズの怒りに油を注いだ。

掴んでいた手に力が籠められる。

「アンタだけ…?……じゃぁ、今…何してんだよ」

術に抗っている為か、怒りに身を任せているせいか、呼吸は荒くなる。

「あたしにっ…はあ…こんな思い……させて、ただじゃ…すまされ…はぁ……ないぞ…」

恨みと憎しみの籠った言葉をなんとか吐くユズにライブは目を閉じる。

「忘れろ…ここも、俺のことも……」

そして、ユズの怒りも恨みも憎しみも感情もすべて踏みにじるように告げる。

「……そんなくだらぬ気持ちも」

それを聞いたユズは掴む手を震わせる。

「邪魔になったら忘れれば良いってか…?」

何を思っているのか、強がっているような口調で続ける。

「…呆れた……アンタ今まで…そんな気で、あたしとしゃべってたんだ」

その言葉にライブは何かが弾け飛んだように声を荒げる。

「じゃあッどうしたらいいんだ!?」

「俺はっ……今まで、どうしたら良かったんだ…?」

声にはどこか涙が混じっていた。

ユズは強く掴んでいた手を離し、呆れた表情を浮かべる。

「…なんだ……あたしより長く生きてるのに、そんなことも分からないの」

「何年生きようと……分からぬことは多い」

本当にライブは分からなかったのか、今となっては本人に知るすべは無い。

「分かったとしても良いことはない…」

ライブは左手をユズの額へと当てる。

術は最初のよりずっと強力なものだった。

「だから…消して忘れる」

瞬間、ユズの額から光の泡が天に昇り消えていき、頭を掻き乱される感覚にユズの体は恐怖に蝕まる。

その左手の術は『忘れる』ではなく完全なる『消去』、リセットだ。

「っい、やだッ…嫌だッ!離せ!!!」

ユズの頭の中には『過去に忘れてしまった人』の映像が流れる。

しかし、その映像もノイズが支配し消してゆく。

「それ、忘れるの…だけはッ、絶対……どうしても嫌だッ!!」

「…恐れるでない……すぐ楽になる」

怯えるユズにライブはゆっくりとした口調で声をかけ

「すぐ…何も感じなくなる」

残酷に告げる。

次の瞬間、一気に術に支配されたのかユズの体から力が抜けていく。

「ッ……うっ……」

ユズの瞳からは涙が溢れ出し、それでも抵抗する。

「嫌……いやだ……」

記憶が失われる瞬間、わずかに残った映像と共に『あの』声が聞こえた。

『      』

「……っ」

その聞こえてきた言葉にまた涙を流し、ユズの意識は闇に沈んだ。

支えられなくなり倒れかけたユズの体をライブは抱き寄せる。

「……何も知らずに幸せになれ、ユズ」

眠ったように意識を無くしたユズの顔には涙の跡が残った。

 

                        ×××

 

ライブはユズの家へと向かった。

記憶の無いままあの場所にいられると困るからだ。

ベッドにユズを寝かせると、ライブは自分の帽子をユズに被せた。

(もう迷うなよ小娘……普通に生きよ)

そう心の中でユズに告げると、ライブはその場から消えた。

 

                        ×××

 

ユズは意識の奥底で夢をみた。

意識が戻っても記憶に残らないようなところで。

 

『ユズ』

        『僕はずっと忘れないから』

 

                             END

天の造花と鎖に縛られた氷

薄暗い部屋に閉じ込められ過ぎてしまった
閉じ込められて外の世界が全く見えなかった
見ようともしなかった、まったくと言っていいほど外の色に今日にが無かった
だから狂ってしまったんだろうか、そんな自覚どこにもない
生まれたときから人に見放された
気付けば赤と夜の色だけが知れる色
眩しい色は嫌いだった、いやあの人の色だけは嫌いではない
幼い俺を救ってくれたあの人の色だけは……

数年が過ぎた、あの人の手伝いがしたくて言ったら仕事をくれた
明るいところが嫌いなのを知ってたあの人は暗闇での仕事だけをくれた
暗いところでの仕事で見れるのは相手の目の色と赤い色だけ
仕事が終わって戻れば手当をして褒めてくれた

ある日、帰るのがやっとの怪我をした
家についた瞬間に意識はなくなり、死ぬのだと思った
時間がどれだけ過ぎたのかはわからない、目を開けると水の中にいた
あの人に言った、「仕事を失敗してすみませんでした」と
煙草から煙をふかしていたあの人に蹴り飛ばされた
壁に背中を強打し、肺に入っていた空気が絞り出されてむせた
ずるずると床に倒れて咳き込むが、あの人は容赦なしに蹴り続けた
しばらく耐えていると終わったのか、元の席に座って見てた
視界がぼやける中、寝ていてはダメだと思い壁伝いに立ち上がる
そしてあの人はいった「失敗は今回だけだ、次はない」と
返事をするとあの人は何かを投げて来た

受け取るのに失敗したが床に転がったやつを拾った
薄い水色の包帯、だった
どこか冷たく、それでもなぜか安心できる気がした
あの人は、「これからはそれを使え」と言った
お守りか何かだと思い嬉しくなった
これがどういうものかは分からなかった、これを使ったらどうなるかも

分からなかった
次の仕事の時にこの包帯を手に巻いた
そして仕事が終わった時、身体が半分凍っていた


日差しが無く、お湯もない
身体は冷えていき視界はぼやけ意識は闇に堕ちていく
仕事は成功した、それを報告しに帰れない
褒めてもらうことができない、それは唯一の光を見られない
本当に闇に堕ちていくのは怖かった
あの時に助けられたからまだ底辺に行かずに済んだ
だから

氷漬けになって堕ちていくのは


怖い


目を覚ますと家にいた
電気はついておらず、窓がない暗い部屋
凍っていた半身は動くようになっていた、いつ溶けたのだろう
起き上がりドアを探し開けると見知った廊下
いつ帰ってきたのか、どうやって帰ってきたのかは覚えてない
ただ、また仕置きをされるのだということだけはわかった

あの人の部屋に行くといつもの煙が無かった
たまたまなのだろうか、気にはなったが言わないことにした
あの人はこちらを向くと全身診た後「大丈夫そうだな」と言った
半身氷漬けのところを見たのだろうか、「大丈夫ですと返した」
そううるとあの人は「悪かったな、説明しなくて」と

いつもと変わらない声で言った
包帯の事だろうか、謝られるのが申し訳なくなった
そのあとソファに座らされ、説明をされて、使い方を教わった

それからの仕事は楽だった
赤色だったのは透明な水色になりまた新しい色を見れた
暗闇に浮き出るその色はとてもきれいだった

人がいるのを忘れるぐらい魅入った
怪我はするが、血が出る前に止血することができるようになった
そして仕事をこなす内に、氷の冷たいという感覚が分からなくなった

 

あの人に拾われてから数年、氷と傷の隣で仕事をしてきた
今だから思う、この包帯はきっとあの人からの見えない鎖だったのだろう
離れることを許さず、生から離れることも許されない鎖
その鎖は俺からしたら天国から伸びる蜘蛛の糸同然だった
生きる為の鎖であり、光を見る為の鎖だった
その鎖は貴方を失ってからも切れる事はなく
むしろ貴方が居た時より強く縛られている
だからこそ
   貴方の墓には
           過去も未来にも
  枯れることのない

                  この花を贈ります


  この鎖のついた人形からの贈り物です、おやすみなさい

 

 

   ×   ×   ×

 

ワンライ 【造花の花束】【見えない鎖】

罪人にしか読めない罪の本

日が昇ると明るくなり、沈むと暗くなる

それだけがわかるような空間に、影が一つ

本棚という本棚には無数の書物が詰められ、入りきらない本は床に散乱してる

本に囲まれた影は小さく、横になっていた

規則正しく上下する身体はどうやら寝ているようだった

真新しいくも古びたようにも見える不思議な書物を抱え眠る

その表情はどこか悲しそうで嬉しそうな複雑な表情をしていた